2011-02-02

「コードカッティング」

ついにこんな記事。
ふつうの人たちにとってコードカッティングは難しすぎる–という実験結果



過去にはこんな記事もありました。
この場合はビジネスの側面から見ているので
一概には・・・。
というより、似て非なる話ですが。
この記事が書かれたのが2009年ですから
もう2年前からそういったことがおきていたのです。




話は元に戻ります。


そういった運動というか動きがあるのことは知っていました。
私には科学的に正しのか分かりかねますが
「テレビをみるとバカになる」的な発想のノリのような気がしています。
その世代のすぐ下の世代が
「ゲームをやるとバカになる」と言い出し、
そのうち
「パソコンがとか、ネットをするとバカになる」と・・・。言ったとか言わないとか。






概ね、賛成しつつも心象的な(使い方???、意味合いとしてはつまり科学的でない)反論もあります。


下記、斜体字はコピーです。

これまでの’チャンネルサーフィン’は、何か見たいものをやっていたらそれを見るだけだが、Google TVなどでは400段もあるメニューの階層を下へ下へと降りていき、やっとのことで見たい映画などを見つける。つまり、後者は、たいへんな努力を要する。しかも、やっと見つけたものがHDじゃない。がっくりする。
ふつうのテレビを見るよりも良いと言える点が、何か一つでもあるだろうか? そもそも、テクノロジは人の生活を楽にしてくれるものではないのか? 人を、それまでよりも苦労させるものではなくて?



そうなんです。
多くの家庭(人)にとってテレビを見ることはとても受容的である場合が本当に多いと思います。あ例えば家事をしながら、漫然と音声が音声が入ってくるのを楽しんだり、ソファに座ってボーっと眺めていたり、もしくはバラエティ番組なんて多くの場合がテレビをつけて、あぁ今日はこの番組の日だった。みようか??的な感じです。それがアメリカの場合顕著なのではないでしょうか?好きな俳優が出演するからとか好きなコメディアンが出演する番組を見るとかとはまた別のお話です。


そして、テクノロジは人を楽にさせます。
しかし、それが苦労するテクノロジであるならばそのテクノロジは発展途上であるか使えないテクノロジのいずれかであると思います。新しいテクノロジがテレビを今と同じか今より受動的に出来るのであればそのテクノロジは受け入れられることでしょう。


しかし、多くの人は変革を好みません。
その変革を受け入れられるだけのメリットが見えれば・・・。

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